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日本老年社会科学会  Japan Socio-Gerontological Society

書 評
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更新日2013/11/14

ソーシャル・キャピタルで解く社会的孤立
;重層的予防策とソーシャルビジネスへの展望
稲葉陽二,藤原佳典編著 定価4200円+税
発行:ミネルヴァ書房,2013年1月30日発行

本書は,超高齢社会を生きる個々人に,人とつながることの意味を問い直す内容といえる. 序章では,孤立問題を考えるうえでの多様で複雑な視点を提起している.第一部(1~4章)では,新たな時代の人間関係のあり方を考える重要性を指摘するとともに,孤立高齢者の特性と抱えるリスクを提示している.第二部(5~7章)では,国内外の実証研究における課題,新たに考慮すべき要因としての居住地,医療費低減への効果について言及している.第三部(8~10章)では,「安否確認」「地域包括支援センター」「介護予防体操活動」をキーワードに,地域における重層的な孤立予防策の具体例を紹介している.第四部(11~12章)では,ICT(情報通信技術)が地域コミュニティにもつ意味,持続可能な支援のあり方を考えるうえでのソーシャルビジネスの可能性を提示している.
本書で特筆すべきポイントとして次の2点が挙げられる.第一に,多くの章で高齢者層にも交流媒体として一般化しつつあるICTに着目している点である.親族や友人,社会活動を通じての多様なかかわりのなかで,直接的な交流や固定電話を介した交流に目が行きがちであるが,ICTを介した交流や情報収集の実態をとらえなければ,正確な社会的孤立やソーシャル・キャピタルを明らかにしているとはいえない.第二に,かかわりをもたない人を「持てない人」と「持ちたがらない人」と分け,「遠慮しがちなソーシャル・キャピタル(p.253~254)」などの後者に対する言及を試みていることが挙げられる.地域社会においてつながりの希薄化が指摘されるなかで,社会的孤立防止に向けた新たな研究の方向性を示してくれるものといえる.

更新日2013/6/25

揺れるスウェーデン 高齢者ケア:発展と停滞の交錯
西下彰俊著 定価2,625円
発行:新評論,2012年9月15日発行

本書は,「社会科学の実験国家」「福祉先進国」と評されるスウェーデンの高齢者ケアの現状と課題を,高齢者ケアの歴史的な発展経過のみならず,スウェーデン社会や高齢化の歴史的な経緯も踏まえ,さらにさまざまな実証データの分析・考察をもとに,日本の高齢者ケアの現状と比較しつつ,筆者なりの切り口で検討を重ねた著書である.本書は,序章と結章を含めると全13章から構成されている.
本書の特徴として,次の2点があげられる.第一に,テーマによってデータの出所は異なるが,地方自治体や施設等でのフィールドワークによって得られたデータ,また,先行研究や国・自治体のさまざまなデータソースから得られたデータをベースに,それらを比較検討・分析・考察し,筆者があるテーマについて設定した仮説を検証しようと試みている点である.第二は,スウェーデンにおける高齢者ケアサービスの民間委託化,介護労働者の就労実態や就労意識,利用者によるサービス評価,情報公開など,「福祉国家スウェーデンでは先進的ですばらしい」と誤解されがちなテーマをいくつか取り上げ,それらにも多くの課題があることを証明し,実物大の高齢者ケアを紹介した点である.
本書のタイトルだけをみると,スウェーデンの高齢者ケアのネガティブな面を紹介しているだけだと思われるかもしれないが,本書は,スウェーデンが高齢者ケアについて常に実験的に取り組み,多くの課題を抱えつつも「絶えず発展を目指す国家」であることを紹介しているものである.

更新日2013/5/23

老いない愛と性 豊かな高齢期を生きる
林 春植著  定価2,100円
発行:大学教育出版,2011年10月20日発行

わが国で直面化している急速な人口の高齢化は,隣国である韓国でさらに急速な進行であることはよく知られていることである.また儒教が背景にある家族観などの社会文化的な共通点も少なからずあることも明らかである.それはまた,高齢者へのエイジズムについても同様である.本書では,高齢者の性的活動,結婚(再婚)などに対する社会の偏見の現状について,諸外国との比較をしながら韓国社会における高齢者像を浮き彫りにした論文である.とくに第二章では,愛や性に関する現状として,性病や健康管理などの具体的な日常生活の問題点も取り上げている.
 しかし著者の指摘は,現状の問題点をレポートしているだけではない.第三章では,高齢者の性的活動のスタイルや熟年離婚における問題とその対処についての論を展開している. これは老年学の論文としてではなく,本書が広く高齢期を迎えようとしている人に向けてのメッセージを発信することも意図されている.  さらに第四章では,一人暮らし高齢者の現状の問題点を取り上げて,その解決のひとつとして高齢者の再婚や同棲について提言している.韓国社会とわれわれが共有する今日的な課題として一人暮らし高齢者の増加がある.家族観の変化は必然的に高齢者のみの世帯の増加につながり,さらにその結果として配偶者の死別による一人暮らし高齢者の増加につながっている.孤独死になる可能性がある高齢者に対して,筆者は熟年再婚を提案している.本章ではその課題や成功条件を明確に挙げ,新たな高齢者の生活像を示している.両国に共通する課題に対しての著者のメッセージは,新たな老年学の研究課題を与えてくれるものといえる.

更新日2013/5/23

退職シニアと社会参加
片桐恵子著 定価6,090円
発行:東京大学出版会,2012年2月29日

本書はサクセスフル・エイジングを実現する手段の一つとして退職後シニアの社会参加に着目し,(1)社会参加の意味と定義,(2)社会参加の促進要因と阻害要因,(3)社会参加の効果を明らかにしようとした研究書である.本研究の特徴は,(1)退職シニアを対象としたインタヴューの質的分析から理論モデルを提示し,量的な調査においてそのモデルの検証を行うmixed methodを用いたこと,(2)社会参加のきっかけから促進,効果までを有機的関連をもって捉えたこと,(3)その際に個人,社会関係,社会制度という3つの視点から検討したこと,である.
理論の中心をなしているのは,「社会参加位相モデル」である.これは,質的研究から得られた個人の社会活動の3つの参加動機【利己的志向,ネットワーク志向,社会貢献志向】の組み合わせから,4つのフェーズを仮定し,社会参加の促進・阻害要因はこのフェーズごとに異なること,社会参加の個人的効果,社会的効益性は,フェーズの高いほうが高いことを仮定した.その後,量的な調査を異なった地域で行い,各社会参加動機についての尺度を構成するなどの手続きを経て,おおむね,仮定通りの結果を得ている.すなわち,このモデルによって,退職シニアの社会参加研究に新しい知見をもたらしたといえる.  本書は,とくにMixed Method の有効な活用例として読者に多くの示唆を与えるだろう.あえて本研究を批判するとすれば,社会参加の阻害要因については,やはり,まったく社会参加していない人に焦点を当てた質的研究があればよかったのに,と感じた.この点も含めて,今後は本書を土台として,いろいろな地域や階層について調査を行い,モデルの修正や拡大が図られることを期待したい.

更新日2013/2/13

車社会も超高齢化;心理学で解く近未来
所正文著 定価1,680円
発行:学文社,2012年5月25日発行

本書では「交通の窓」という視点から21世紀の日本社会を展望している.2010年度のデータによると,高齢者講習の対象となる70歳以上のドライバーは,全国で725万人おり,内訳は男性548万人(75.6%),女性177万人(24.4%)である.今後20年間に女性・高齢ドライバーが急増し,自動車を運転することが大半の高齢者の日常生活に組み込まれる社会となると予想する.「交通は社会の縮図」であり,超高齢社会における問題が,交通現場においても顕在化してきており,そのひとつが30万人以上いるといわれる認知症ドライバーの問題である.運転免許更新の際に認知症の簡易検査が高齢者に対して一律に実施される時代が到来している.一般社会における高齢者問題では,心理臨床の専門家を問題解決の中核に加えることが多くなっているが,交通現場の高齢者問題においても同様の構図で問題解決に当たる専門家として「交通心理士」の役割を説いている.欧州の主要国でも日本と同様にかなり人口の高齢化が進んでいるが,交通事故死者数全体に占める高齢者の割合が際立って高いのは日本のみであることから,超高齢社会へと突き進む日本の交通事故対策の根幹は, 「文化・文明論的な構造転換」を同時に進めることであると説いている.交通事故を少なくする方策は,イギリスの"Give Way"の精神であり,それはまた日本の江戸時代の「江戸しぐさ」に通じる精神であることを説いている.この精神に共通する理念は,「他人に対する配慮の気持ち」である.この精神は超高齢社会においても重要な理念であり,現代の日本社会に復活させるべき地道な教育であり,とりわけ老いの教育につながる活動であることを説いている.高齢者問題に携わる人々に一読を勧めたい好書である.

更新日2013/2/13

スウェーデン・モデルは有効か;持続可能な社会へ向けて
レグランド塚口淑子編 定価2,500円
発行:ノルディック出版,2012年2月1日発行

スウェーデンに関する本は枚挙にいとまがないが,本書の意義・特徴は以下の2点にまとめられる.第一に,これまでの労使協調,積極的労働市場政策などに焦点を当てた「スウェーデン・モデル」の定義を広くとり,市民生活などを含むスウェーデン社会のあり方全体を考察の対象とした点である.第二に,それらを可能にする背景として,持続可能な社会,ジェンダー間の平等,生活の質など,個人としての市民がもつ「社会権」の重要性にも着目し,発達した個人主義と強い国家が統合すると経済効果があがり,ジェンダー平等が出生率や女性の就労率のアップに貢献してきた点を明らかにしている.
こうした目的に沿い,本書は,社会・政治・経済の独自性について詳細な論考を行い(第1章,第2章,第3章),環境政策(第4章)にふれたうえで,家族政策については,ジェンダー平等が労働市場のみではなく,家族内でも追及され実践されてきたことが福祉国家を支える骨格となっていることを明らかにしている(第5章,第6章,第7章).第8章では特徴ある高齢者福祉の独自性と今後の方向性を整理し,最終2章は現地生活者によるリアリティあふれる報告とデータで締めくくっている.
経済指標,生活度,ジェンダー指標などで北欧は常に上位を占め,とくにスウェーデンは1980年代から注目され続けてきた.しかし,リーマン・ショック後の動きを論じたものは少なく,その意味でも意義ある書籍といえる.また,個人の自立・自律とより広い社会への信頼感については,家族政策に焦点を当てつつ普遍的なテーマに独自のアプローチを試みており,日本へのメッセージ性が強い.

更新日2012/11/9

教育老年学と高齢者学習
堀薫夫 著  定価 2,940円
発行:学文社,2012年3月30日発行

全9章からなる論文は,編著者による6つの論文,「第1章 教育老年学におけるエイジングと高齢者学習の理論」「第4章 高齢者の社会参加と生涯学習」「第5章 高齢者のエイジング観と学習二-ズに関する国際比較研究:カナダと日本の比較」「第7章 NPOによる高齢者大学の運営:大阪府の高齢者大学校を事例として」「第8章 高齢者への図書館サービス論と高齢者の図書館利用論・読書論」「第9章 シニア層向け大学解放の実践と課題」と,「第2章 現代社会と生成的エイジング:再帰性の深みへ」(小倉康嗣),「第3章『かわいいおばあちゃん』とポジティヴ・エイジング」(小原一馬),「第6章 アメリカにおける高齢者のセルフ・ヘルプ・グル―プの展開:孫を教育する祖父母たちの活動を事例として」(間野百子)の3篇からなる.
第1章では高齢者学習の理論的根拠を「ポジティブ・エイジング」「高齢者学習の理論」「高齢者学習の内容編成論」という3つの視点から検討し,「福祉」「保護」の視点からはなれた「教育」「学習」,あるいは「活動者」「生活者」の視点からの研究の重要性を指摘している.第2章では,第二の近代化(=再帰的近代化)(Giddens, A.)においては,教育老年学は,「『隔離された経験』たる(人生後半の意味地平)と向き合い,再帰性を深化させるいとなみ」(76頁)であるとしている.第6章は,アメリカにおける孫を教育する祖父母たちの事例を通じて,セルフ・ヘルプ・グループが高齢者の学習ニーズや生活課題を充足する上で果たす意味について検討している.日本社会でも,今後同様な事例がみられるのではないかという危惧の念を抱きつつあるが,興味深い内容となっている.

更新日2012/5/29

シリーズ生涯発達心理学⑤,エピソードでつかむ老年心理学
大川一郎,土田宣明,宇都宮博,日下菜穂子,奥村由美子 編著  定価 2,730 円
発行:ミネルヴァ書房,2011年4月30日発行

この本では,エイジングの問題を「身体・感覚機能・認知機能のエイジング」「家族・社会」,心理的問題や認知症の理解と支援を含む「老いと適応」の3つの領域から幅広く解説してある.とくにすべての解説の最初の1ページはエピソードの掲載であり,本文を読んでみようという気にさせる.またひとつの解説項目をエピソードを含めて原則4ページで完結させている点が面白く,32個のtopicsがこの本を質の高いものにしている.
第1部の「身体・感覚・認知機能のエイジング」は,感覚機能の老化と認知機能の老化の解説であり,感覚機能の低下に関する解説と日常生活に具体的にどのような影響を与えるのかを解説している.また認知機能のエイジングでは,注意や記憶,知能の問題などを最新の知見を含めて解説しており,認知機能のエイジングでは,注意や記憶,知能の問題などを最新の知見を含めて解説している.
第2部の「家族と社会」は,家族との関係を壮年期の夫婦の問題,子どもの巣立ちの問題,老年期の性の問題,介護の問題,終末期と死別の問題など,人生のストーリーが感じられる部分である.また仕事・社会との関係の部分では,最近の労働環境の問題を含め,職業生活とストレス,退職後の問題などについて解説してある.
第3部の「老いと適応」は,高齢者の心理的問題やパーソナリティと適応,サクセスフルエイジングの意味,心理的支援など幅広く解説してあり,Ⅵ章の「認知症への理解と支援」では,認知症という病気の理解から治療,対応,ケア,家族支援の問題まで興味深く,しかもわかりやすく解説してある.テキストとして非常に使い勝手がよく,学生も理解しやすい良書といえるだろう.

更新日2012/5/29

老い衰えゆくことの発見
天田城介 著  定価 1,890 円
発行:角川学芸出版,2011年9月20日発行

書評者の専門である老年社会学の立場から,本書の特徴を紹介してみよう
第一は,本書の課題そのものにある.昨今の老年学では,就業,ボランティ活動など高齢者が社会に対して貢献するという点が強調されている.しかし,人はすべて老い衰えて最後は死ぬ運命にある.元気高齢者が持ち上げられている時代にあって,老い衰えるという課題に取り組んだ本書は貴重である.第二は,老い衰えることに焦点を当てた既存の老年学関連の理論とは異なる,社会学的な視点からアプローチしていることである.既存の理論には,加齢に伴ってパーソナリティや価値観が変化するという内的な側面に着目した「社会情緒的選択理論」や「ジェロトランスセンデンス理論」などがある.本書は,老い衰えることという現象を社会的な出来事としてとらえている.たとえば,介護をめぐる高齢者や家族の苦悩や葛藤を,高齢者にとっては「できていた過去の自分との関係」,家族にとっては「できていた過去の当事者との関係」など高齢者とそれをめぐる他者との関係性のなかから読み取ろうとしている.第三は,第二の特徴を微視的視点とするならば,老い衰えるありようを戦後の労働・雇用体制と社会保障体制という巨視的な視点からも理解しようとしている点である.第四は,本書の記述が臨場感にあふれ,説得力のあるものとなっている点である.本書では,質的な研究を用いながらも単に個別事例を紹介するだけなく,そこから普遍的なものをユニークな言葉で抽出している.
以上のように,本書は高齢者を対象とした研究や実践に携わっている人に新鮮な視点や見方を提供している本といえる.みなさまの一読を期待したい.

更新日2011/10/21

家族介護者のアンビバレントな世界 エビデンスとナラティブからのアプローチ
広瀬美千代 著  定価 6,000 円
発行:ミネルヴァ書房,2010年10月30日発行

アンビバレントとはもともと精神医学で,相反する2つの心理,たとえば愛と憎しみが同時に存在するような状態を指す用語として使用されたものだが,われわれの日常にもそうした心理状態は広く存在する.家族介護者の研究では,1980年代には負担感など負の側面に焦点を当てるものが多かった.1990年前後から,満足感,達成感など肯定的側面にも注目が向けられるようになり,2つの心理的側面は併存することも明らかになってきた.
本書は,そのような研究をさらに発展させたものである.著者は独自に開発した「認知的評価尺度」を基に,介護の否定的評価(社会活動制限感,介護継続不安感,関係性における精神的負担感),肯定的評価(介護役割充足感,自己成長感,高齢者への親近感)を把握し,多変量解析を用いてその要因を分析する量的研究をまず行った.その結果,介護者は夜間介護があるような厳しい状況下では,肯定・否定どちらの評価も高くもつ可能性があること,インフォーマルサポートに対する満足感が介護に対するあらゆる否定的評価を軽減し,要介護者に対する親近感や肯定的な感情に関連するなどのさまざまな知見を得ている.
著者はさらに介護者からの聴き取り調査を行い,その語りを基に,アンビバレントな世界を生きつつ,介護者自らが介護体験をどのように積極的・肯定的に意味づけているかを,質的研究方法を用いて分析した.そして,介護状況が厳しい場合においても,介護に意味を見いだし,前向きに取り組んでいく可能性があることを実証している.
本書は,研究成果を基に介護者支援のあり方を考察している点で支援を行う者に有用である.困難な状況に立ち向かう人間の心的なあり方一般につながる考察を深めている点では,さらに多くの人に有用な書である.家族介護者に関する内外の幅広い研究レビュー,量的研究と質的研究の成果の補完性などは,研究者にとっておおいに参考になるだろう.広く本書を薦めたい.

更新日2011/09/06

「介護保険制度」のあるべき姿;利用者主体のケアマネジメントをもとに」
白澤政和 著  定価 1,890 円
発行:筒井書房,2011年2月25日発行

 本書の著者白澤政和氏は,日本の公的介護保険下で始まったケアマネジメントに,ソーシャルワークと海外で称されている福祉の価値と知識・技術を反映させることに多大な貢献を成し遂げた人物であり, 公的介護保険が始まる前からケアマネジメントの理論・実践に関して海外でも積極的に視察などを行い,日本における福祉ケアマネジメントの礎を築いた. 本書は,「介護保険制度のあるべき姿」という題であるが,実は介護保険とケアマネジメントの歩み,その理論的背景,制度の課題,などといった知識にふれることができるだけでなく, 著者自身のライフワークともいえるテーマに出会った経緯とそれを見つけだすために必要だった条件,といった筆者の研究者・教育者としての学びと実践の自伝的な書物としても読むことができる. その点では,大学院生や若い研究者が自分の将来を考えるためにぜひ読んでほしい.本書は2部構成になっており,ⅰ部の6章までは,筆者の歩んできた歴史,7~9章までは, ソーシャルワークとしてのあるべきケアマネジメントの姿が描かれ,ⅱ部は介護保険下でのケアマネジメント実践の現実と課題が中心である.多々ある内容のなかからいくつかのポイントを挙げると, 日本のケアマネジメントのみではなく海外でどのような発展をしたいのかを理解することの重要性,システムはいかに機能しているのかを評価することの意味, 利用者ニーズの抽出はしっかりとした対人援助の基礎をもたなければ本当には見いだせないこと,よりよい援助のためには利用者の力を見つけだし評価して使っていってもらう「ストレングス」の視点が必要不可欠であること, アセスメント・計画を含めて「文書化」することの重要性,などである.また,筆者が指摘する「……介護保険の枠内にケアマネジメントが取り込まれることの心配」(p33)は, とくに永年システムを見守り続けた筆者からわれわれに発せられた大きな課題であろう.

更新日2011/05/31

「老いとこころのケア」 老年行動科学入門
佐藤真一,大川一郎,谷口幸一 編著  定価 3150円
発行:ミネルヴァ書房,2010年7月

本書は「老年行動科学を背景とした介護学および老年学の入門書」として書かれたものである.
内容は2部構成となっており,第I部は「介護学の入門」ともいうべく「高齢者の心の理解とケア」についてである. 第1章「高齢者のこころの理解」では,他者の心の理解にとって必要な'推測する=仮説を作る'うえで偏った見方をしないために柔軟性をもつことの重要性が, 事例とともに「ケアカンファレンス」の手法を用いて行われており,たいへんわかりやすく理解を深めさせてくれる.第2章の「認知症高齢者の行動の心理的理解」では, 認知症高齢者の行動と介護の在り方が事例とともに紹介されている.認知症高齢者の介護のヒントとして,認知症高齢者の行動は,個人差が大きく同じ人でも時と場合によって変化するが, 高齢者の視点に立って行動の意味をつかむと楽になることを教えてくれる.第3章「高齢者施設におけるケア」では,施設が高齢者にとって生活の場であるためには「生活」「他の人と一緒にいる」 「守られている」安心感がもてる場づくりの必要性が問われているという.第4章「高齢者への心理療法」では,広い意味での心理療法として施設やデイサービスで高齢者を対象によく行われる「作業療法」 「理学療法」「音楽療法」「園芸療法」「回想法」などのアクティビティケアが紹介されている.第5章 「家族介護者の理解」では,家族介護にはストレスをもたらす要素もあるが, 介護によってものの見方が変わることで成長感をもたらすプラスの面があることも指摘され,フォーマルなサービスの利用によってストレスを低減できることの指摘は重要である. 第6章「アセスメントによる高齢者の理解」では,高齢者用に開発されている知的機能を測定する検査,日常生活活動能力を評価する検査など一般的によく用いられている検査が紹介されている. 第II部は「老年学の入門」にあたり,第7章「老いの生活への適応過程」,第8章「高齢者と生きがい」第9章「高齢者はどう見られているか」,第10章「老いと疾病」から構成されている. 本書は第I部が「介護学」,第Ⅱ部が「老年学」の入門書として書かれていて,全体を通して言葉遣いや説明が丁寧になされており,入門書としての工夫が凝らされているが, ページ数の制限のために言葉足らずの章もあり,「介護」か「老年学」かどちらかに焦点を当てたほうがより親切な入門書になったのではないかと感じられた.

更新日2011/04/15

リーディングス 日本の社会福祉 第3巻 高齢者と福祉;ケアのあり方
岩田正美 監修,副田あけみ 編著  定価 3800円
発行:日本図書センター,2010年9月

本書は,社会福祉のこれまでのあり方を広い視野でとらえ直すために,戦後から現代(1945~2008年)までを中心に,今後の社会福祉研究を考察するうえで必須となる論文を各編者がテーマごとに 選択したシリーズのうち,高齢者ケアに関する問題を取り上げたもので,6部に分類された27論文から成る大部なものである.論文はすでに公刊されたものばかりで,なかには,統計的な素養がないと わかりにくい専門論文なども含まれているのだが,評者は研究者や大学院生などだけではなく,一般の人たちにもぜひ読んでいただきたいと思うほど,本書に感銘を受け,すでに読んだものも含めて 改めて楽しむことができた.それはひとえに,編者である副田の一貫した独自の視点(副田自身は,若干趣旨から外れていると断っているが)による,テーマに関する論文選定のねらいがきわめて明確かつ 今日的であるからだと考えられる.その視点とは,高齢者介護における問題点(とくに認知症高齢者や介護者に対する差別や偏見)を告発し,それをなんとか超えられないか試みる論考を数多く選択するというもので, 評者は本書を通じて以下の3点がとくに印象に残った.まず,評者も以前読んだことのある論文が,こうしてひとつの方針の基に集められ整理されてグループ化されることで,その論文の歴史的な意味を 再発見できること.次に,現在も抱える問題が,20年近く前にすでに提示されていて,その時点でほとんど問題点が出尽くしていながら,いまだに解決されていない(たとえば, 「春日キスヨ:高齢者介護倫理のパラダイム転換とケア労働」における介護労働の問題点等を参照)こと.3つ目に,数々の問題をはらみながらも,高齢者ケアにおけるこの20年近くの歴史のなかには ,高齢者介護にかかわる当事者,介護家族,介護施設スタッフ,そして研究者たちの高齢者介護自体に対するパラダイム転換の過程が含まれてきたこと(論文のなかには,唯一,外国の翻訳文献である トム・キッドウッドの文章「人であることについて」も含まれており,今日の高齢者介護がもはやパーソンセンタード・ケアの思想を抜きには語れないことを再認識させられる).
最後に,編者の果敢な編集作業に敬意を表しながらも,ないものねだり的な要望であることは百も承知で,時々刻々と変化し続ける高齢者介護の領域にあって, 先進的とされている小規模多機能をはじめとする現在の介護の潮流に内在する問題点のゆくえについても,一言,触れて欲しいと思わずにいられなかった.

更新日2011/02/21

暮らしをつくりかえる生活経営力
(社)日本家政学会生活経営学部会編著 定価2940円(税込)
発行:朝倉書店,2010年3月

本書は,(社)日本家政学会の生活経営学部会が設立40周年を記念し,これまで蓄積してきた研究成果を基に著されたものである.冒頭の「はじめに」によれば,上記部会は10周年記念として『「日本型福祉社会」と家庭経営学』,20周年記念として『21世紀のライフスタイル』,25周年には『転換期の家族』(翻訳),そして30周年には『福祉環境と生活経営』をその成果として刊行してきた.そして,近年に至っては,生活者の基盤であり,かつ同部会の研究対象でもある「家庭・職場・地域社会」が大きく変容したために,従来の方法では対応できない生活課題が急増してきており,新たな生活経営力の形成が求められるとしている.そして,同部会では,生活の実態と課題を把握し,個々の生活者の抱える生活の諸問題を解決するだけでなく,それらの課題を生活の内部的条件と外部的条件の双方を視野にいれた社会的脈略のなかにおき,公と私の関係性を問い,協力,協働のための場やしくみづくりを行いながら,社会システムを変革し「暮らしをつくりかえる生活経営力」が必要であるという. そのうえで,主体的な生活経営力を獲得していくためにはなにをすればいいかを明らかにする目的として,本書では以下のような枠組みと執筆構成がとられている.

序 生活経営がとられる現代生活の枠組み
1 生活経営-新しい価値・規範の創造へ―
2 生活枠組みの変容と新たな生活経営主体の形成
3 生活の社会化の進展と生活資源のコントロール
4 参加と協働でつくる生活経営の組織
5 生活経営主体者が参画する新たな生活ガバナンス
6 持続的で改善チャンネルのある生活における生活経営力
終 暮らしをつくりかえる

2章から5章までの各章では,前半部分でそれぞれの学説を整理したうえで,章に関連する生活経営の視点を明らかにし,後半部分ではその多様な生活活動事例を掲載するようにしている. 全体を読み通してみると,各章に沿った問題意識とそれに合わせた具体的な事例がひしひしと伝わってくる.その事例は,日本社会の法律やしくみの矛盾から析出された事例であるといってもいい(たとえば,2の夫婦別姓や4のコレクティブハウスかんかん森).そうした矛盾のなかで生活者はいかに主体的に生きていけるのかの模索でもあるであろう.その意味では,理論編と具体的な事例がマッチしており,それなりの有効性を発揮している. また,最後の「終 暮らしをつくりかえる」では,生活の内部的条件と外部的条件の関係性の変化から生じる生活経営の課題を明らかにし,それに対する公共政策の対応について検討している.そこでは,a. 生活の内部的条件と外部的条件の関係性の変化,b. 生活にかかわる公共政策のあり方:(1)これまでの経緯と問題点,(2)公共政策との関係でみた生活モデル,c. 「暮らしをつくりかえながら,人と社会をつくりかえる」生活経営力,に分けて,的確に整理しながら分析している.筆者もこうした考えにまったく同調する者のひとりであるが,現実的には,われわれの手が届かなくなるほど住民間の収入や生活の格差,地域格差が広がってきていることも事実である.そうした現実を踏まえたうえで,それを乗り越えるためには,中範囲の理論もさることながら,一方では,北欧・デンマークの例が示すように,福祉国家として,直接税50%,間接税25%,大学の授業料無料および若者に対する生活費の保障(広井良典氏の表現では「若者年金」)といった大胆なコンセプトが試案されてもよい時期なのかもしれない.

更新日2010/10/12

在宅介護における高齢者と家族;都市と地方の比較調査分析
日米LTCI研究会編 編集代表:高橋龍太郎,須田木綿子 定価3,500円+税
発行:ミネルヴァ書房,2010年3月

本書は,介護保険の要介護認定を受け,在宅での生活を継続している高齢者とその家族介護者についての調査結果をまとめた論文集である.4つの視点から考察しており,第一に,「高齢者-家族介護者」の関係を諸理論に拠り分析し,第二に,文化的視点から国際比較と日本における都市と地方について地域比較を行い,第三に,動態的介護観に基づいて家族介護者を理解し,第四に,家族介護における介護保険制度が果たす役割や意義についてみている(3-4頁).これらの視点を具体化するために,調査対象者は,東京都葛飾区と秋田県大館市(合併以前)に居住するケア関係にある高齢者と家族の主介護者であり,調査は2003年5月~2007年6月まで,2年おきに3回にわたり同一対象者に追跡調査を実施し,本書では2003年と2005年の調査結果を分析している.また,量的調査を補完するために要介護高齢者と家族介護者を対象とした30組のインタビュー調査や関係機関,ケアマネジャー,医師等の専門職へのインタビュー結果を利用している.
全体は,Ⅲ部11章から構成されており,第Ⅰ部(1章,2章)「本書の問題意識と概要」,第Ⅱ部(3~5章)「介護保険制度と地域」,第Ⅲ部(第6~11章)「介護保険サービスと在宅高齢者・家族」である.Ⅱ部では,調査地域の自治体の地域間比較による介護行政と自治体の役割,ケアマネジャーと医師の役割について,第Ⅲ部では,サービス利用の意思決定に至るプロセス,介護保険サービスの利用パターンの地域による差異,日米の家族介護者の比較,介護の終焉を意味する高齢者の死と遺族となった家族介護者の適応,「キャリアとしての介護体験」(225頁)など,全体が壮大な「高齢者-家族介護者関係」の「介護ライフヒストリー」となっている.このような壮大でかつ緻密な研究成果は,日米LTCI研究会メンバー14名(内3名はアメリカの研究者)の学際的研究により可能となっている.

更新日2009/10/16

韓国における高齢化研究のフロンティア;経済学の視点から
監修:小椋正立 編:イ・チョルヒ/シン・クァンホ 定価:7,350円(税込)
発行:ミネルヴァ書房,2009年2月

2000年に高齢化社会(65歳以上の人口割合が7%を超えた社会)に突入した韓国の高齢化のペースは,日本を含めたほとんどのOECD諸国よりずっと早い.このような話はよく聞くが,その実態,とくに高齢化に伴う経済的な諸問題はどのようになっているのだろう.そしてそれに関連した研究の進捗は?本書はこのような疑問にこたえてくれるものである. 本書は二部構成からなり,第I部が人口の高齢化がもたらす労働力不足,労働生産性の低下に関連して,高齢男性の就業要因・引退要因の分析を中心とした内容となっている. 第II部では,労働市場に加えて,高齢化の影響が他の市場や社会保障制度に及ぼす影響など,高齢化に伴うよりマクロ経済的な問題も取り上げている.
韓国では,2008年7月に,日本の介護保険制度にあたる老人長期療養保険制度が施行された.また,国民皆年金が実現したのは1999年である.このように,老後保障のための社会保障政策は,他のOECD諸国と比較すると現段階では未熟ともいえる韓国ではあるが,それがゆえに本書にあるような高齢化の経済的側面からの研究が精力的に行われ,制度改正や政策立案などに生かされていくものと考えられる.すでに超高齢社会(65歳以上の人口割合が21%を超えた社会)を迎え,社会保障制度が成熟したわが国ではあるが,公的年金制度における世代間の負担と給付のアンバランスなどの課題を抱えている.本書のように国の実情を踏まえ,将来を見据えた研究成果は,わが国の今後の高齢者研究や制度改正などを検討するうえでも参考になりうるだろう.
本書は,ある程度の労働経済学,計量経済学さらには社会保障などの知識がなければ難解な箇所がある.また,監修者(小椋正立氏)らの工夫によって,学術論文集の体裁は脱しているが,内容のまとまりという点では把握しづらい面もある.したがって,第I部,II部ともに編者によって章ごとの概説が付されているので,参照のうえ,関心の高い章を精読するのもよいであろう.

更新日2009/8/25

高齢社会と農村構造;平野部と山間部における集落構造の比較
著:玉里恵美子  定価:8,400円(税込)
発行:昭和堂,2009年3月

人口高齢化の著しい地域に対する関心が高まっている.「限界集落」はその典型である.しかし,いわれるほど「限界集落」は持続可能性の限界に達しているのであろうか.玉里氏の著作は,こうした問題を解くためて手がかりを示している.氏の立脚しているのは,農村社会学における「イエ・ムラ」論である.その観点からみると,平地農村では安定的に家族が維持され,村落組織も維持されているが,過疎山村では家族が消滅へと向かっており,村落の相互扶助機能が低下し,変質していると結論づけている.過疎山村でも,将来的にはイエ・ムラに代わる安全装置が形成されて,安定的に家族が維持される可能性が残されているが,それは今後の研究課題として残されている.
前半は都道府県や市町村をケースとして行政統計から得られた複数の変数を投入して多変量分析を実施した研究であり,直接的に「イエ・ムラ」論とは結びついていないという難点である.もしイエ・ムラ論で一貫させようとするのなら,変数のなかにもう少し「世帯」(国勢調査)や「農業集落」(農林業センサス)に関する複数の変数を投入する必要があったのではないだろうか.また地域の人口高齢化には,転出入人口がきわめて大きく影響するので,そうした変数を投入した分析が必要だったのではないだろうか.既存統計データ分析は調査対象地域選定の根拠と位置づけられているようであるが,滋賀県下の集落ではなく,東北地方や沖縄県や九州各県の集落の選定もあり得たのではないかという疑問は払拭できない.本来イエ・ムラの概念は優れて規範的なゲノタイプの概念であるが,氏はむしろ家族の形態論というフェノタイプの概念でとらえなおして分析している点が特徴である.今後は,さらに事例研究を進めて,今回の結論が妥当かどうかをさらに検証する作業が必要であろう.すでに始まっている集落の存続・再生の可能性についても氏の視点からの評価研究が待たれる.

更新日2009/5/25

高齢者の住まいとケア;自立した生活,その支援と住環境
編著:嶺 学 定価:4,410円(税込)
発行:御茶の水書房,2008年3月

だれしもが,自身の歴史を深く刻む住み慣れた環境において,老いを迎え,人生を全うしたいと考えているはずである.しかしながら,現代のわが国において,この純粋なニーズを叶えることが非常に困難な事柄となっている.
現在,高齢期の住環境には,さまざまな生活背景を有する人々のために考えられた多種多様な選択肢が存在するが,われわれはそれらを十分に理解し,自身に対してもっとも適した住環境を見極めることができるのであろうか. われわれの抱くこの純粋なニーズを叶えるために行われているさまざまな施策や試みに対して多角的な視点から考察を加える本書は,われわれが選択すべき方向を指し示してくれる道標になりうるものであるといえる. 本書は,第1章の序論をはじめとして,第2章から第11章までの中間的住まいに関する各論,および第12章の総括へとつながる構成をとる.具体的な章立ては以下のとおりである.

第 1 章 高齢者の住まいとケア -全社会的福祉のなかの介護福祉と居住福祉-
第 2 章 「安心ハウス構想」とその後の展開
第 3 章 東京都における高齢者の住まいとケアに関する施策
第 4 章 高齢期を安心して住まう-自宅と在宅-
第 5 章 高齢期に適した住宅の条件をめぐって
第 6 章 ケアハウスの現状と課題
第 7 章 有料老人ホーム-経過,現状,課題-
第 8 章 高齢者グループホームにおけるケアのあり方をめぐって -住まい方,ケアの在り方の優れたところ
第 9 章 認知症高齢者グループホームの展開と課題
第10章 高齢者に対応する共生住宅,その現実と課題
第11章 共に住む家のあるやさしくやわらかい街
第12章 終りに -自立した生活,その支援と住環境-

これらの章立てからもわかるように,本書の基本姿勢は,ウェルビーイングを基礎とし,人々の純粋なニーズを全うさせようとするための試みとその努力である.よって,本書では,そのニーズに直結する自宅のみに止まらず,ケアハウス・有料老人ホーム・グループホーム・一連の高齢者向け住宅などの自宅に近い中間的住まいとよばれる住環境の形態,さらには,安心ハウス構想・小規模多機能型居宅介護・ケアリビング・住宅改修・共生住宅・下宿屋バンクなどの考えた方やその理念がきめ細かく解説されるとともに,それらの抱える本質的な課題が論じられている.また,その論述的視野は,巨視的な国や地域レベルから微視的な事例レベルにまで及び,高齢期における住まいとケアの関係が広範囲に論じられている.
本書は,高齢者のウェルビーイングを対象とする研究会での報告を基礎としていることから,少々難解な表現があり,一般の読者には読みづらい部分があるやもしれない.しかしながら,本書は,読み重ねていくことによって,高齢期の住環境に関する複雑な背景や制度などを解きほぐし,われわれがその本質を深く理解することに手を差し伸べてくれる良書である.

更新日2008/10/21

エイジング心理学ハンドブック
編:J.E.ビリン, K.W.シャイエ   定価: 6,510円(税込)
発行: 北大路書房,2008年7月

この著書は,1977年,ジェイムス.E.ビリン編「The Handbooks of Aging」3巻シリーズのひとつとして上梓された.2006年までに6版を重ねたが,内容・引用文献共に重版の度にupdateされてきている. 本書はこの最新の第6版(2006年)を藤田綾子・山本浩市両教授の監訳の下に日本語版として発刊された.
評者の個人的見解としては,学際的な学問である老年学のコンセプトに生涯発達の魂を吹き込むことにもっとも大きな貢献をしたのは心理学領域であり,ついで人口学や社会学がくるであろう.評者の出自である老年医学や基礎老化学は,その要素還元的手法の限界により,老化に対して負のイメージを与え続けてきた.1962年のストレーラーの老化の4つの定義のひとつに“有害性”が含まれていることにもそれが表れている.
このストレーラーの定義からほどなくして,デューク大学の縦断研究の成果をひっさげてのE.パルモア編「Normal Aging」,そして10数年後の本書の第1版の登場により,老化に対する発想のコペルニクス的転換がもたらされたのである. 数ある老年心理学の成書のなかで,本書はもっとも先駆的かつ包括的である.そして第6版には,知恵(wisdom)やspiritualityに関する最新の文献もレヴューされている.
2002年日本で初の学際的な老年学の大学院を桜美林大学にスタートさせた評者としては,本書を老年心理学のテキストとしてのみではなく,学際的老年学の入門書としても,あらゆるセクターの方々に読んでいただきたいと考えている.
評者も経験しているが,監訳者は訳者が多数におよぶ場合,用語の統一などに並々ならぬ苦労を強いられるものである.本書は,その点に関しても少しの乱れもなく,わが国の老年学のterminologyに対しても大きな貢献をしていると評価できる.

更新日2008/8/1

スウェーデンの高齢者ケア ;その光と影を追って
著: 西下 彰俊   定価: 2,625円(税込)
発行: 新評論,2007年7月

本書は筆者が1年間にわたって滞在し研究したのをきっかけにその後8年間の調査研究の積み重ねを日本の場合と比較しながらまとめたものである.本書の特徴はスウェーデンのケア政策とケアの実践に対し,「影」の部分に焦点をあてている点である.本書の構成は,序章,「第1部スウェーデンと日本の高齢者ケア政策に関する構造的問題」(第1~8章),「第2部スウェーデンと日本のケア実践に関する構造的問題」(第9~11章)と終章になっている.
第1章では,1992年のエーデル改革により社会的入院支払い責任のシステムが導入されたが,その後リバウンド現象が発生し社会入院支払い責任の増加傾向があることを明らかにしている.第2章では5つのコミューンにおける「ニーズ判定」の方法を明らかにしたが標準化した基準がない点を指摘している.第3 章では日本における要介護認定の現状を認定調査票の項目の妥当性を分析し,中間評価項目の得点についてかたよりが生じる可能性があるという「構造的問題」を指摘している.第4章ではサービス利用時の自己負担額を6つのコミューンの分析し,約5倍の格差があったことを述べている.政府は高齢者のサービス利用の自己負担の上限とリザーブド・アマウント(介護サービスを利用した高齢者が,一般の生活費として最終的に自分の手元に残すことのできる金額)の下限も設定し,コミューンへの補助金も出すことになった.しかし,使途が限定されていないので高齢者ケアが担保されているか不明であるとしている.第5章では介護のついた特別住宅の運営について,入札制度と民間競争原理について民間委託の現状から分析し,先行研究でいわれているほど民間委託が進行していないことを明らかにしている.第6章では高齢者虐待について,サーラ法成立後も高齢者虐待が続いている現状を明らかにしている.第7章ではスウェーデンにおける住宅改修の現状について述べ,改修費用の制限がない点,「望ましい形で提供されている」としているが,ここでもコミューン間の格差を指摘している.第8章では日本の住宅改修について述べていて,ケアマネージャーの限界と費用の課題を挙げ,さらに工事業者の指定がない点など「構造的問題」を挙げている.

更新日2008/5/2

高齢者の健康自己管理と地域的支援;社会的交流への保健師のアプローチ
著:小玉 敏江  定価:3,150円(税込)
発行:こうち書房,2007年3月

本書は2つの地域の高齢者を対象に,著者のかかわりを通して育んだ研究成果を主軸としてまとめたものであり,これまでの実践や研究活動のなかから得た豊富な知識体系や体験,社会の動きを冷静にとらえ,保健師活動への示唆を提示した労作である. 本書の目的を「地域で暮らす高齢者の健康自己管理に関する問題点を把握し,自立生活維持を支援する方法を提示すること」と著者は表現しているが,研究を進めるうえでの前提として高齢者を取り巻く現代社会の状況や自立に関する基礎的な理論や概念,研究成果の導入等社会学的な側面を基に整理・分析し,保健師活動に導入しようとしているように感じ取れる.
全体の構成は第1~6章にわたっているが,前後に序章と終章が加わっている.内容を少し紹介すると,序章の主題は「高齢者の自立生活を守るために」であり,高齢者の健康と生活を取り巻く問題状況を整理しており,本書の課題である健康自己管理,自立生活,貧しさの問題,社会的ネットワークの変化をキーワードにして論述している.また,地域調査の方法と分析等,研究の全体像も提示している.
第1章の主題は「高齢者の自立生活をめぐる研究の諸相」であり,生活構造論を基盤に生活の概念を多側面から論じ,自立生活の維持と支援に対して「社会的交流」の概念を提案している.第2章の主題は「セルフケアと健康自己管理の意味」であり,ADL研究やセルフケア研究の経緯を整理・分析したものである. 第3章の主題は「高齢者の自立をめぐる状況」であり,加齢に伴う健康問題や社会的環境要因の説明と高齢者の日常生活活動の自立を強調している.
第4~6章までは著者の研究フイルードと思われる地域での研究成果であり,地域調査の概要から保健師の健康相談活動の実践例とそれらの分析を中心としたものである.すなわち,第4章は「高齢者の健康自己管理と社会的交流に関する地域調査の方法と概要」であり,第5章は「社会的交流の場を形成した健康相談活動の実践例」,第6章は「社会的交流に連なる高齢者の健康自己管理」であり,著者がかかわった事例を通して健康自己管理の特徴や母子家庭の高齢者女性の特徴等を浮き彫りにしている.
終章のテーマは「高齢者の自立生活維持をめぐる課題と緩和策」であり,著者の研究フイルードの2つの地域での調査結果を基に,共助を推進する人材,予防的な保健医療行動への積極性,経済力,社会的ネットワークが健康自立管理の可否につながることを明らかにしている.最後に保健師の役割として,低所得地域の高齢者には高齢者の主体的選択についての表現を支援することと,その実践の場として相談活動が展開されている社会的交流の場に求めると提示している. そして,地域の保健福祉分野の専門職にとっては「自己管理を前提とする立場」と「共助を進める立場」に立脚した提案と結んでいる.
高齢者の増加とともに,生活や健康の維持は高齢者や家族の問題のみならず,社会の問題として取り上げられており,たとえばこの4月から動き出した後期高齢者医療制度をめぐっても,現場や高齢者を直撃している.地域で働く保健福祉分野の専門職,なかでも行政保健師の役割のありかたは常に話題である.
著者は保健師の活動にエンパワメント・アプローチ実践モデルを考案しているが,本書は保健師の活動を改めて考えるうえで参考になるものである. なお,本書は多くの理論や研究成果,概念を引用しているが,耳慣れない専門用語や冗長な表現が繰り返され,構えて読まないといけない部分がみられた.もう少し平易な論理構成と著者の見解や主張が読者に分かりやすく伝わる工夫も必要と感じた.

更新日2008/4/3

老人ケアのなかの家族支援;各専門職の役割とコラボレーション
編著:畠中 宗一  定価:2,520円(税込)
発行: ミネルヴァ書房,2006年5月

これまで老人ケアについては,さまざまな著書が出版されてきたが,「ケアする人のケア」という新しい課題について論じた書物は少ない.本書は,介護保険制度を利用しながら介護に従事している家族が増えている現在,「ケアする人のケア」を各専門職のコラボレーション,すなわちケアを受ける高齢者とその家族をトータルにとらえ,福祉と医療のそれぞれの専門職が連携して共同で支援した事例を紹介し,今後の課題について論じている.
第1章の「家族支援とコラボレーション」では,老人ケアと家族支援の違いは,老人ケアの家族負担を軽減するというこれまでのあり方に加えて,在宅ケアにおいては,「家族とケアされる老人との関係のなかで相互性が維持されるように配慮すること」(13-14頁),施設ケアにおいては,「専門職にとって,対象者の背後にある家族への想像力の有無が,また家族がケアを担う専門職への想像力を豊かにすることが,---老人が家族から孤立化することを防いでくれるかもしれない」(14頁)という専門職と家族の相互理解からなる家族支援の必要性を述べている.第2章から8章では,福祉職である社会福祉士,介護福祉士,介護支援専門員と医療職である看護師,保健師,医師,そしてボランティアというそれぞれの立場からのコラボレーションによる家族支援の事例を紹介している.第9章の「まとめ:専門職と家族支援」では,経営を重視する視点とケアを重視する視点の落差により生ずる家族支援の理念と現実の落差,報酬に還元できない「相談・助言」の労働,施設における入所期間の長期化による家族との関係の断絶など,制度上の制約による家族支援の困難を指摘している.
介護の社会化とケア体制の専門分化と分業化が進むなかで,家族関係を崩壊させるのではなく,より豊かな家族関係を再構築するために,また介護される人と同時に主介護者とその家族が納得できる介護を長期間にわたり継続していくためにも,家族支援の必要性はますます高まっている.介護する家族自身が専門職に代替してもらうことで介護問題が解決し,家族関係が希薄になるのはやむをえないと思い込みがちである現状で,本書は,ターミナル期までも含んだ介護の対象者とその家族のQOLとはなにかを,私たちに提起している.編者自身の介護問題の体験を紹介しており,介護問題を抱える家族や専門職に限らず,介護期とターミナル期について考える人々にも本書を推薦したい.

更新日2008/2/14

災害で活きた心を支えるシニア・ボランティア;神戸・東京・新潟での実践
編:ユニベール財団  定価:1,575円(税込)
発行:ミネルヴァ書房,2007年1月

1995年1月に大震災が神戸を襲ってから今年で13年経つ.この震災をきっかけとした『ユニベールボランティア神戸』,2000年8月の三宅島噴火被災者支援のための『ユニベールボランティア東京』,さらに2004年10月の新潟県中越地震被災者を支えるための『ユニベールボランティア新潟』が誕生した.本書は大災害で被災した高齢者のために「何かの役に立ちたい」と集まり,「私にもできました」と声が出せるまでになったユニベールボランティアメンバーの実践記録である.彼・彼女らの活動は,米国ミシガン大学のターナークリニックにある「ピア・ボランティア」プログラムの研修を受けたメンバーを中心に,精神科医,臨床心理士の協力を受けながら,地域に見合う独自の研鑽を積み,活動し,さらに研鑽を積むというプロセスをもつ高齢者による高齢者のための組織である.「ピア・ボランティア」は同じ年代のボランティアが話の聞き役となり,友人や家族にも言えないような悩みや,ときには心に秘めたつらい話などを打ち明けられる関係をつくることで心の安らぎを得て,元気を取り戻してもらおうと願いながら訪問する.災害時の「心のケア」ボランティアはむずかしい.被災者がもっとも望んでいるのは,「災害前の生活に戻りたい」ということである.この要望に対して「心のケア」を目的とするボランティアは直接打つ手をもたない.
筆者も阪神淡路大震災時,仮設住宅の訪問ボランティアを行ったが,いっしょに廻った看護師は血圧計を,医者は聴診器を,建築士は鋸と金槌を持って相手の心にすっとはいっていくことができるのをみて,筆者も何か道具が欲しいと思った. ユニベールボランティアの人達も道具なしで相手の心に飛び込むが拒否され,こばまれ,追い返される.そのなかでともすれば無力感でこころざしが崩れそうになるのを,黒川先生の「心のケアのポイントは,何も出来ないところから出発して何も出来ないことにどれくらい耐えられるかだと思います・・・」という言葉に支えられる.この活動を続けたあとの「私もできました」の章には思わず拍手を送った.欲を言えば,あとに続く活動への指針として参考にするために,ユニベールボランティアの組織化,運営に多大なる貢献をされた黒川,斉藤先生による率直な講評のようなページがあればと思われた.

更新日2007/6/5

マドンナの首飾り;橋本みさお,ALSという生き方
著:山崎 摩耶  定価:1,890円(税込)
発行:中央法規出版,2006年11月発行

本書はALSの橋本みさおの生き方,ライフ・ヒストリーである.ALSによって機能低下が全身に及び寝たきりとなり,人工呼吸器の使用で他者とのコミュニケーションが不自由となった橋本氏とのインタビューが大変であったことを,ALS患者への訪問看護体験をもつ筆者は感じる.また,このような患者の声が世に送り出されることも少なく,学びになる著書であろう.書店業界では,社会的読み物というジャンルに入るらしい.
「機能が低下することは,人生のマイナスか?」と橋本は問う.ALS国際会議において「生きる勇気を恐れない」という言葉は,患者達から絶賛され,医療職には回復することのない病気であったとしても諦めないで前向きに進むことの必要性を再確認させた. 本書を読む者がどのような立場の者であっても,前向きに生きるということはどういうことであるのかを考える基になるであろう.
この著書は,病気であるいは人生に悩む者には生きる勇気を与える.ケアする者には,ケアはどのようにあるべきかを患者や利用者の声に耳を傾けて考える必要性を伝える.
大人として一人前に生きる支援体制の枢軸は,家族に支えられることなのか.制度上の問題も含めて考えなければならない.とはいえ,日本は決して悪い支援体制にないことも本書を読むと分かる.「宗教に影響されない,良いとこ取りの日本」と橋本氏は言う.
「尊厳死」とは何かも考えさせられた.ALSのような難病患者と人工呼吸器の関係,完治することのない疾患をすべてガンと同列で論議することでよいのかという点である.人間の尊厳を考えるのは「生き方」の問題であって,決して「死に方」の問題ではない.
橋本みさおというマドンナの首に掛っている人工呼吸器のカニューレは,命の尊厳をもう一度考えなければならないことを伝えるために輝いているようである.生きるを支えるとは何か,協働して支えるとは何かを考えたいと考えるケアの担い手には一読を勧める.

更新日2007/5/18

教育老年学の展開
編著:堀 薫夫  定価:2,730円(税込)
発行:学文社,2006年9月

Gerontologyという用語が1903年メチニコフによって創られたことでも分かるように,老年学は極めて新しい学問である.老年学は学際的な内容からなっている.すなわち(1)加齢の科学的研究(2)中高年者における問題の探索的研究(3)高齢者に関する人文学的研究(4)これらの研究の応用である.ここまではかなり古くからある老年学の構成要素であるが,筆者は,世代間問題も,老年学の新しい課題に包含すべきであると考えている.
上記の老年学の内容の(4)は応用老年学ともいうべき分野であるが,これには産業老年学(industrial gerontology)などとともに教育老年学(educational gerontology)も含まれる.
本書は,わが国では珍しく,教育老年学を真っ向から取り上げた著書である.編者の堀薫夫氏の長年の研究の蓄積の結晶として高く評価できるものである.本書は第I部「エイジングの理論」,第II部「エイジングと生涯学習をめぐる経験的研究」,第III部「教育老年学の実践の展開」の3部から構成されている.
第I部の「エイジングの理論」は極めて良質な老年学のレヴューとなっており新しい老化の概念が展開されている.第II部は生涯学習に関してdeath educationの問題も含めコンパクトにまとめられている.第III部は大学における老年学教育のみでなく社会的な老年学教育についても事例をあげてかなり包括的に論述されている. 以上のように,今後,学校および地域社会において老年学教育を実践する計画のある方々にとって必読の書である. あえていうと,アメリカの歴史と比較し,わが国の教育老年学の遅れをもっと端的に指摘してほしかった.1965年の「Older Americans Act」による大学への老年学教育のための助成,1979年のAssociation for Gerontology in Higher Education(AGHE)の設立など,アメリカの一貫した老年学教育への努力に比較して,わが国の立遅れを指摘する視点もほしかった.アメリカには 40近くある老年学の修士課程が,わが国には桜美林大学に1つあるのみである.一貫した老年学教育を育成する国策の欠如に起因することを再認識すべきであろう.

更新日2007/5/10

地域ですすめる閉じこもり予防・支援 ―効果的な介護予防の展開に向けて―
編著:安村 誠司  定価: 2,310円(税込)
発行:中央法規出版,2006年11月

本書は,わが国における「閉じこもり」研究を先駆的に進めてきた安村誠司先生が,2005(平成17)年12月に厚生労働省のホームページに掲載された「閉じこもり予防・支援マニュアル」をもとに新たに編著された一冊です.
本書の構成は,I部-閉じこもりの定義と現状,II部-介護保険と閉じこもり,III部-各地で展開されるプログラム例とその評価の3部から成っています.本書を読むことによって,閉じこもりとは何か,その考え方や支援の重要性などの基本を理解し,介護保険法における介護予防システムとの関連を踏まえたうえで,すぐにでも閉じこもり予防の活動に役立てられる具体的な方法が分かるようになっています.
本書の分かりやすさは,以下のような特徴によるものと思われます.それは,(1)閉じこもりを医学モデルだけでは解決できない生活モデルとしてとらえる視点,(2)高齢者保健の研究に基づいたエビデンスが明らかな対策と意義が述べられている点,(3)国の公衆衛生行政にかかわる先生の立場から各種の情報を現場で使える形にかみ砕いて公開している点,(4)閉じこもり予防・支援を公衆衛生学的な1次~3次予防の視点で整理している点,(5)閉じこもり予防・支援は,本人,家族の閉じこもりへの対応のみならず,介護予防全般への対応と,かかわる閉じこもりにならない地域づくりに広がっていくことを強調している点,(6)評価についての考え方と方法が具体的に述べられている点などです.
現実には,特定高齢者把握事業の地域格差や,保健師は多忙を極め家庭訪問が困難という課題が山積みです.本書で挙げられている考え方と多様な展開方法からヒントを得て,それぞれの地域や機関の特性に合った形で閉じこもり予防・支援が発展していくことが望まれます.
安村先生がはじめに「閉じこもり予防・支援に関わっている専門家のみならず,地域のボランティア,学生などにも活用できるように」と述べられているとおり,本当に分かりやすく,閉じこもり予防・支援にかかわっている人々,これから取り組もうとしている人々,また,介入研究と評価に取り組んでいる研究者にも,役に立つ貴重な一冊です.

更新日2007/2/7

介護保険の経済と財政―新時代の介護保険のあり方―
編著: 坂本 忠次,住居 広士  定価: 2,940円(税込)
発行: 頸草書房,2006年5月発行

周知のように,介護保険法の再三にわたる制度改正は,利用者のニーズにそった介護サービスの質の向上を前提としたものではなく,むしろ財政や経済的な側面から端を発する改正であった.
その意味からすれば,本書は,「はしがき」にもみられるように,こうした介護保険制度をめぐる現状と制度見直し後の課題について,経済と財政の視点を中心に検討し,世界における介護制度の経済と財政も比較するなかで,新時代に向けたわが国の介護保険制度のあり方を考えることを刊行の目的としており,適宜にあったものといえる.
執筆者は,経済学,財政学,保健,医療・看護,社会福祉,介護福祉,税務会計などの専門研究者18名から成り立っており,12章から構成されている.各章の題目は,以下のとおりである.

第1章 介護保険制度における経済と財政を考える
第2章 介護サービス事業における地域経済と地域財政
第3章 要介護認定と介護保険料の経済と財政
第4章 ケアマネジメントと介護報酬の経済と財政
第5章 介護保険導入による基礎自治体福祉関連費の経済と財政
第6章 年金保険制度の介護保険制度の経済と財政
第7章 今日の医療制度改革と介護保険改正の経済と財政
第8章 介護保険制度と障害者保健福祉制度の経済と財政
第9章 介護保険事業における社会福祉法人の会計と税務
第10章 介護保険者としての経済と財政
第11章 世界の介護保険制度における経済と財政
第12章 新時代を迎える介護保険制度のあり方

体を読み通してみると,介護保険の公正な運営と経済及び財政あり方が市場経済と効率化という視点からだけではなく,市町村が保険者であり,地域社会においていかに介護や福祉サービスが保障できるか,という各執筆者の問題意識が伝わってくる.
昨今,地方分権化と市町村合併が一段と進むなかで,各執筆者が介護保険制度に関わる医療・保健・福祉の連携や理念と財政課題をどう両立させ,いかにして調整していくのか,という命題を実証的に研究しているだけに福祉関係者・地方自治体関係者はもちろんのこと,研究者にとっても基本的な解説書となっている.
しかし,その一方では,各自治体が財政的な見直しをしていくなかで,介護保険制度をどのように発展させ,持続させていくのかという根本的な解決の方法が伝わってこない.それを発展させるには,各自治体の職員や研究者がどのように読み取るのかという読者の力量にかかっているといわれればそれまでであるが,「経済と財政」に関わる分析だけに,どのように政策的に進めていくかという政策的課題が各章にわたって物足りないという感じがする.その意味では,各国の介護保険制度についても(もちろん,有用ではあるが)紹介するだけでなく,日本の介護保険法にどのように有効に活用していけるのか,という具体的な提言がほしかった.
また,介護保険はもちろんのこと,これまでの社会保障や福祉サービスがフロー(所得)の拡大を前提とし,所得の再分配を図るシステム(福祉国家)としての側面を強く意識してきたが,今後は,経済成長がこれまでのように多くを望めないなかで,むしろストック(資産)の再分配に重点をおいた社会保障へのアプローチが必要になってきているように考えられる.一例として,福祉先進国の北欧諸国では,直接税50%,消費税25%,大学・授業料の無料及び若者に対する生活費の支給(一種の若者年金)等教育と社会保障が一体となったコンセプトをもって進められてきている.
したがって,社会保障の一環としての介護保険は,年金,医療問題と同様,ライフサイクルの一時期であるという前提にたってのみ解決していくという視点だけではなく,今後は国民全体のなかでどのように抜本的に解決していくのか,という議論も必要になってくるであろう.また,今日,「格差社会」が日本のいたるところで議論され,政府でも重要な課題としてとりあげられてきているなか,介護保険についても,財政的な基盤が弱い町村と強い区市などの地域格差をどう解消していけるのか,という課題も当然問われてくるであろう.

更新日2006/12/18

ケアってなんだろう
編著: 小沢 勲  定価: 2,100円(税込)
発行: 医学書院,2006年5月

「ケアってなんだろう」という本書のタイトルをみると,ある種のハウツー本的な内容を想像するかもしれない.しかし,内容はまったく異なっている.著者が精神科医として長く携わってきた臨床を通してケアについて著者の考え種々の形態で表そうとした内容である.本書は4部構成になっていて,1部は,作家,ソーシャルワーカー,医師との対談,2部は若手研究者によるインタビューと彼らの論文,第3部は「認知症を生きると言うこと」をテーマとした著者の講演の再録,4部は「ぼけ」を読むと題して,認知症の人と家族の会の機関誌である「ぽーれぽーれ」に掲載された読者への手紙の形式をとった本の紹介である.藤沢周平から明日の記憶まで触れられている.そのあとのあとがきでは,癌の闘病中である今の著者の考えがまとめられている.まえがきの冒頭に「どうすればいつもよいケアができるかを考えていて,いつも行き着く課題がある」と述べられ,最後の方に「彼らのこころを理解することで関係を作ろうとする志に限界が訪れる.だが,そもそも人は理解が届かなければ人と関係を結び,人を慈しむことができないわけではない・・・日常生活への援助を日々続ける.そこから『ただ,ともにある』という感覚が生まれる.ともに過ごしてきた時の重なりが理解を超える.」と述べられているが,すべて言い表されている.
本書を読み終えて,著者は本書を誰に読んで欲しいのかと考えてしまった.自閉症,統合失調症,感情病,認知症と著者の精神科医としての軌跡を踏まえて,著者が長くケアについて感じてきた考えを表そうとしていることはわかる.しかし,日夜,認知症の人の介護に苦労している家族であろうか.認知症のケアを通して「人に寄り添うこと」の意味が語られているが,一般の読者なのであろうか.やはり自分なりの考え方を持っているケアの専門家がふと行き詰まったときに読んでみるといいのかもしれない.

更新日2006/12/14

アクティブ・エイジングの社会学  -高齢者・仕事・ネットワーク-
著: 前田 信彦  定価: 3,990円(税込)
発行: ミネルヴァ書房,2006年5月

本書は,著者が1993年~2005年に執筆した論文10編と書き下ろし3編からなる論文集である.「アクティブ・エイジング」というキーワードに沿って,「職業キャリアとアクティブ・エイジング」,「社会的ネットワークとアクティブ・エイジング」の2部構成となっている.前者は,職業労働からの引退プロセスと高齢期における仕事について,後者は,地域や家族の中で生活する高齢者についてのパーソナル・コミュニティと社会的ネットワークについて論じている.職業・地域・家族という生活領域でくらす高齢者の生活をトータルにとらえるという意欲的な試みがみられる.
いずれの論文も,最先端の国内,国外の研究動向についてレビューを行い,実証研究によって得られた緻密なデータ分析により知見を整理し,理論構築を試みて,政策への提言を行う,という完成されたスタイルで書かれている.また,分析視点として,ライフコース論,ジェンダー論,世代間関係論への言及もみられ,これまで「理論構築がない」(12頁)エイジング研究への新しい地平を開いている.
「アクティブ・エイジングの概念は,欧州のエイジング政策を支えるイギリスの社会学者ウォーカー(A.Walker)らによって理論的に精緻化されつつある」(8頁)概念であり,1990年代にWHOの影響をうけて登場した.アメリカにおいては,1960年代の「サクセスフル・エイジング(Successful ageing)」,1980年代の「プロダクティブ・エイジング(productive ageing) 」が用いられてきたが,「生産」に焦点を当てがちで「経済優先主義」に陥りやすい(13頁).これに対して「アクティブ・エイジング」の特徴は,雇用や生産活動に限定されず,後期高齢者をも対象とし,生涯にわたるライフコースでの老いるプロセスを意味し,世代間の連帯や公正を重視し,権利と義務の両者をもち,高齢者の参加とエンパワメントを促進し,国家や文化の多様性(diversity)を尊重している(14~15頁).
「アクティブ・エイジング」は,現在の日本において論じられている「アンチ・エイジング」論や「生涯現役」論という一元的な対抗文化の理論を超えて,個人によって異なる「老いの個性」を受容しつつ「アクティブ」に生きるという新しい概念である.個人が健康か否か,現役か否か,有償労働か無償労働かなどの価値基準を超えて,アクティブに社会参加が可能となる「老若男女共同参画型少子高齢社会」の構築に寄与する一冊である.

更新日2006/11/22

分野別実践編グラウンデッド・セオリー・アプローチ
編著: 木下 康仁  定価: 2,415円(税込)
発行:弘文堂,2005年12月

グラウンデッド・セオリー・アプローチはデータに密着した分析から理論の生成を目的とした研究方法である.質的研究方法のひとつであるグラウンデッド・セオリー・アプローチが広く日本に紹介されたのは1990年代始めであり,翻訳書が何冊か出版された.しかしながら,実際にはどのように質的なデータの分析を進めればよいのかよくわからなかったという読者が多い.木下氏は初心者にも取り組みやすいようにと,分析技法を明確にした修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を提唱している.M-GTAは『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践 質的研究への誘い』(弘文堂,2003)に詳述されている.本書は,M-GTAを用いた研究の実践を通した解説書である.
各章は,社会福祉,介護福祉,地域看護,老年看護,作業療法,臨床心理,学校保健,保健医療社会学の7分野の専門家が,M-GTAを用いて行った修士論文や博士論文の研究の過程を詳細にポイントを抑えて記述している.M-GTAに関心をもった経過,自身の研究の概要,分析の実施過程,研究過程での苦心や達成感などの経験と論文公表までの過程,これからM-GTAを始めようとする人への助言から構成されている.質的研究を始めたいが指導者が近くにいない人やスーパーバイズを受ける機会を得られない人が,本書を参考に質的研究に取りかかれるようにと書かれており,研究過程を具体的に理解することができる.
本書を読み進めていると,質的研究の面白さが真直ぐに伝わってくる.今すぐにでもフィールドに面接に出かけ,質的研究を実践したくなる.木下氏は「質的研究には模範例はなくすべて参考例と考える方が自然」と述べている.質的研究を始めたいけれど,どこから手をつければよいのかわからないという人には,研究を始めるにあたりよい参考書となるだろう.

更新日2006/11/1

人間福祉とケアの世界
編著: 小池妙子,山岸 健  定価:3,675円(税込)
発行: 三和書籍

本書は,大妻女子人間関係学部の教員諸氏による編著である.構成は,山岸氏の「人間の生活と生存の舞台と領域」を土台に,介護・福祉に関係する各氏の実践論が展開され,さらに大妻学院理事長中川氏と山岸氏の対談が織り込まれている.
総論の中川氏は,アリストテレスを足がかりに古代の哲学者から,近・現代の思想家,作家,詩人から画家に至るまで,彼らの作品または文言の一部を抽出して,そこにも,ここにも福祉ありと論じている.小池氏は「利用者の生活を支える介護のあり方」をテーマに,介護の視点と方向性を示し,特に尊厳が侵害される危険がある認知症の介護について論じ,「介護の専門職としてエイジングを見る」と題して佐藤氏が,観察や人生から老いの意味を認識することの重要性を述べている.是枝氏が,対象としての高齢者の生活実態を明らかにし,さらに丹野氏は,社会福祉の理論と実践方法をとりあげ,蔵野氏が知的障害者の地域での生活支援のあり方と実践方法を論じている.ケアに関しては,どの項目も,説得力のある納得できる内容であり,その領域での知見が内蔵され,介護に携わる者ばかりではなく,多くの人たちにも一読を勧めたい著である.
いささか気になるのは,山岸氏の総論に見られる「汎」福祉説である.福祉的要素は人間社会だけにあるのではなく,山にも,川にも風景やメロディーにも存在するというのは,あまりにも総花的である.生命と生命力を鼓舞する事の意味は納得できるとしても,福祉は,「汎」福祉の世界から産声をあげたのではない.逆に「反」福祉の厳しい社会状況から人類の知恵と努力によって産み出されたのではなかったろうか.この点を履き違えては,福祉哲学の成立はありえないのではないか.一方で,本著のタイトルで示している「人間福祉」とはどのようなことを指すのか,その定義にはたどり着けなかったことは残念であるが,特に尊厳を守るケアが希求される今日,ケアにおける哲学的思想の確立が緊要であることからも,人間福祉とケアとの間に横串が入ること期待したい.最後に筆者の読解力と感性の乏しさをお詫びしたい.

更新日2006/7/21

高齢者福祉概説<第2版>
編著: 黒田 研二,清水 弥生,佐瀬 美恵子  定価:2,625円(税込)
発行:明石書店

本書は,大学などにおける「高齢者福祉」関連科目用の講義テキストとして書かれたものである.さらには,社会福祉士および介護福祉士の国家試験科目である「老人福祉論」の出題基準をカバーすることが意図されている.国家試験を念頭においたテキストは既に何種類か出版されているが,本書には次のような特長がみられる.
まず最初に,施策や制度の解説を最小限度に抑え,独自の視点で盛り込まれた内容がみられる.たとえば「9章:諸外国にみる高齢者福祉の新しい動向」では,単にいくつかの国を取り上げるのではなく,国際比較研究の視点からスウェーデン,ドイツ,アメリカといった国が紹介されており,専門書としても遜色のない内容となっている.また,近年のテキストでは簡略化される傾向にある歴史的な記述にしても,1つの章を与えて記述されており(「2章:高齢者福祉の発展」),歴史をしっかりと踏まえた上で現状を理解すべきであるという,著者らの見識が示されている.
次に,何より読みやすさを優先させたというねらい通り,文章表現も平易であり図表やコラムも効果的に活用している.とくにコラムは,語句やトピックの解説だけでなく,「高齢者の居住する住宅の建設時期」といったユニークなデータの提示や,「フィオーレ南海における『高齢者虐待防止センター』の取り組み」といった現場紹介などが用意され,読者の興味を刺激する工夫が行われている.
国家試験の出題基準をカバーしつつ独自の内容も盛り込み,しかも一定の分量にそれらを収めたことから,若干記述が不足気味のトピック(たとえばシルバーサービスなど)もあるが,本書のユニークさはそれらを補って余りあるものである.本書は,著者らも意図しているように,単に国家試験を目指す読者だけでなく,高齢者・高齢社会に関心を持つ幅広い読者層に最適の書物であると思われる.
ところで,今回取り上げた書物は第2版なのであるが,実は第1版の刊行が2005年4月であったので,その時点では2006年4月から改正された介護保険の制度については詳細が明らかになっていなかった .そこで1年後の2006年4月に第2版を刊行したわけであるが,その迅速な対応に,著者らの誠実で真摯な態度が表れているといえよう .

更新日2006/5/9

老いを生きる,老いに学ぶこころ
編著:村瀬 嘉代子,黒川 由紀子  定価: 1,260円(税込)
発行: 創元社

日本臨床心理士会に高齢者支援委員会というものがある .本書はその委員長の村瀬嘉代子先生と委員の黒川由紀子先生によって編集されたチャリティー本である . 冒頭の「本書が編まれた由来」の部分で,村瀬先生は,執筆者へ次のような文書を送り,依頼したと書いている .
本書は,老いの問題を誰しもに共通する生きる生活者の視点から考えることを主旨として企画致しました.老いの問題は,これまで,輝ける特別な人の光ばかりに目を向けるか,その反対に老いの暗闇ばかりを強調するという極端な取り上げ方がなされる傾向にありました.本書では,様々な地域の様々な領域のさまざまな年齢の方に,「心に残る高齢者」や「年齢を重ねること」についてのご経験や思いを,有名,無名,老若男女を問わず,伺いたいと考えました.輝かしい日々をお過ごしの方にも影があり,病気と折り合いをつけながらお暮らしの方にも光はある・・・そんな当たり前の事実に光をあてたいと願っております」 .また印税をすべて寄付することと,執筆者にもボランティアとして協力して欲しいという一文も付け加えている . つまり本書に寄稿された編者を含む48人の執筆者に対する原稿料や謝礼はなく,本書の印税はすべて震災や水害などで不自由な生活を余儀なくされておられる地域の高齢者施設や機関に寄付されるという .
執筆者の年齢は,6歳から85歳までと幅広い.またその中には,幼稚園年長の女の子から,小学生,中学生,主婦,ボランティア,マサイの長老から,大学教授,精神科医,驚くような著名な人たちまでもが名を連ね,同じテーマで書いているところにこの本の面白さとすばらしさがある.本書は高齢期の心に関する知識を得るための本ではなく,年齢を重ねるということはどういうことなのかを考えさせてくれる本である.また再び読みなおしても新たな発見があるだけではなく,読み終わった後に不思議に癒された気持ちになる.どの一文がいいというのではなく,一つひとつが新鮮で,一つひとつが輝いている.そのような意味で,小さな宝石がたくさん詰まったような本といえるだろう.
このような本を作りたいという思いは,村瀬先生が暖めていたものらしいが,しかしそういう形が果たしてどのように受け入れられるかと懸念していたところを黒川先生が後押しし,できあがった本とうかがっている.このお二人の実力と人脈があって完成した本であり,その主旨に賛同して原稿を寄せられた46人の執筆者の方々に敬意を表したいと思う.