更新日 2024/10/20
高齢期を豊かに過ごすために,高齢者に社会参加・社会貢献活動への参加,人とのつながりやサポートネットワークづくりを推奨し,それを可能とする地域づくりも推進されている.しかし,地域の輪に入ることが得意でない,社会貢献活動を敷居の高い活動と捉えて尻込みする人も少なくない.地域づくりを進める行政や研究者等にとって,そういった人たちを地域の輪に取り込んでいくことが課題のひとつといえるだろう.
本書は,「百人力」と「百人力のタネまき」というキーワードを使って,この課題を克服できるヒントやアイディアを豊富に示してくれている.「百人力」の意味は,「百人分の力があるほどの強い力」「百人の助けを得たくらい心強いこと」1)である.本書でも「百人力」を「豊かな歳の重ねた方」に必要な「心強いつながり」と位置づけ,助け合いや社会貢献活動を「百人力のタネまき」と表現している.
そして「荻窪家族」を拠点にさまざまな「百人力のタネまき」になる活動が生まれ,さまざまな「百人力」へと発展した事例を紹介している.「荻窪家族」とは,多世代がほどよい距離感を保ちながらいっしょに暮らせるレジデンスと,地域住民にも開かれたスペース「百人力サロン」を備えた賃貸住宅である.「百人力のタネまき」の一例として,レジデンスの庭で菊栽培を楽しむ高齢入居者Sさんの事例がある.Sさんの育てる多種多様な菊は近隣住民たちを楽しませ,それがSさんの喜びになった.やがて「百人力サロン」にてSさんを講師に菊の挿し芽の株分け教室が開催され,菊を持ち帰った近隣住民とSさんの間で菊を介して気にし合う関係性へと発展していった.
本書により,必ずしも最初から社会参加活動での交流を目指す必要はなく,Sさんのように日常生活のなかで楽しめることに取り組みながら「百人力」と呼べる関係性を築けること,そうした小さな「百人力のタネまき」の積み重ねが豊かなサポートネットワークのある地域,すなわちソーシャルキャピタルが高い地域へつながるのだと理解した.無理なく楽しく地域づくりに取り組むヒントや視点を得るために,是非たくさんの方々に読んでいただきたい.
1)甲斐睦朗監:小学新国語辞典三訂版.1005,光村教育図書,東京.
更新日 2024/10/20
本書は,著者の回想法・ライフレヴューとの出会いから約40年にわたる研究・実践の取り組みをもとに,全8章により構成されている.
本書を通して,回想とはなにか,その回想による回想法やライフレヴューとはどのようなアプローチであるのか,そして,どのような意義や可能性があるのかについて,真摯に考えることができる.回想法やライフレヴューでは,それぞれの高齢者の織り重ねられてきた思い出が蘇る.長い時を経て,懐かしさを感じたり,心のふたをそっと,時には思いもかけずに開けて,眺め,向き合う時間ともなる.人生には楽しいこともあるが,当然のことながらそれだけではない.さまざまな経験にはその時々にあふれ出る感情がともない,時にそれは複雑で,言葉では言い表せないこともあるだろう.
過去の思い出をどのように捉え,それがどのように表されるのか.その高齢者なりのあり様に,聴き手は,丁寧に心と耳を傾ける.高齢者の語りに触れて,その思いや長い道のり,奥深さ,さらには秘めた力までをも目の当たりにする.実のところ,人生経験の浅い者にとって,高齢者の回想をお聴きする役割はとても難しく感じられることがあるが,たとえば,グループ形式での実践で高齢者間にみられる,言葉を超えた,高齢者に備わる力を響かせたやりとりでは,それまで磨かれてきた「アイデンティティ」や「しなやかさ」が生かされている.
本書では,回想法やライフレヴューの理論や実践について基礎から応用まで学ぶことができる.そして,回想法やライフレヴューが時や人,地域をつなぎ,人の生涯にわたる可能性を多角的に捉え,さらなる展開の実現にもつながるアプローチであることに気づける一冊である.
更新日 2024/10/20
本書は,2000年の介護保険制度導入後に日本に導入されたIPWとIPEに関する理論的基盤として,コロナ禍後の地域共生社会の実現に向けた,重層的支援体制整備事業,多機関協働事業に役立つ,多職種連携・協働のあり方について,事例を紹介しながら今後の可能性について検討しています.IPW(interprofessional work)という言葉は,評者自身,寡聞にして初めて接したのですが,保健(行政)・医療・ 福祉の複数領域の専門職連携協働の略とされています.また,IPEとは,専門職連携教育(interprofessional Education)の略であり,保健医療福祉分野に関わる複数の領域の専門職や学生が互いに学び合い,双方の理解や連携を深めていく学習法を指しています. 前半の理論的な研究の流れから始まって,中盤からは,具体的に,専門家の現場での利用者対応が手に取るようにわかり,各々の分野の専門家同士の連携の問題点なども挙げられていて,それらが,IPW支援の研修方法にまで落とし込まれている第6章は,多くの読者にこの本の意義を充分にイメージさせてくれます. また,私事ではありますが,本書は,評者の個人的な体験:両親の介護と看取り,親戚の看取り体験をIPWの視点から再認識させてくれるものでした.この点から本書の意義を改めて実感させて頂き,IPWの今後の課題についても考えさせられるものでした. 最後に,第7章に著者らの対談が載せられていますが,そこでは,専門家の連携だけでなく,利用者や家族,一般市民との協働が地域における町づくりにもつながるという可能性が述べられていて,この点についても更なる研究結果を期待したいです.
更新日 2024/6/13
年齢を重ね,生活圏が狭まっていくほどに重要になってくるのが自宅,住まいといえる.1日の多くの時間を過ごす場であるからこそ,いかに生きるかを反映させた「住まい方」を形にできる場でなくてはならない.本書では,老年学の視点から歳を重ねるなかでの健康や幸せの考え方を提示し,建築学や経済学の視点からこれを実現する「幸齢住宅」の作り方をわかりやすく解説している.
1章と3章では,そもそもの「幸齢住宅」の目指す幸せな住まい方について,概念整理やポイントの整理を行っている.2章と3章では「幸齢住宅」の作り方について,2章では住環境からくる循環器疾患としての「生活環境病」の回避にむけ,リフォームの際のポイントを具体的に解説している.4章では幸齢住宅の実現に役立つ資金サポートや,リフォームすることで得られるであろう経済的なメリットなどを解説している.最後に5章では,5つの事例を挙げ,オーナーの求める住まい方と具体的に行なったリフォームを紹介している.
本書の特徴として,単に知識を一方的に伝えるだけではなく,住まいを考える根底にある「いかに歳を重ねたいか?」を,読者に問いかけていることがあげられる.多様な視点から健康長寿に関する研究を積み上げてこられた星旦二氏が,自宅を「幸齢住宅」とするために行ったリフォームと得られた幸せな住まい方を紹介しているのもユニークな点である.
高齢社会に関する研究者のみならず,リフォームや住宅設計に関わる民間事業者のみなさん,実際に高齢者の生活に関わる福祉職だけではなく,ご自身や身内の高齢期の住まい方を考えはじめた中高年のみなさまに読んでいただきたい良書といえる.